朝倉敏景十七箇条が表す経営学 - やる気倶楽部の活動日誌

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朝倉敏景十七箇条が表す経営学

朝倉氏は、浅井長政とともに織田信長に滅ぼされた。

その朝倉氏の最盛期を演出したのが

「朝倉敏景十七箇条」で有名な第7代朝倉敏景(孝景)である。
朝倉敏景

越前守護の斯波氏から支配権を奪い戦国大名として頭角をあらわした。

>「朝倉敏景十七箇条」は戦国期最初の分国法である。
分国法

その中で能力の無いものの世襲を否定し優れた人材の登用を説いている。

逆に才能の無いものでも忠誠心のあるものは格別の愛情をもって扱うべきとも説いている。

現代の経営においても通ずる考え方だ。




彼はこの時代においてはいたって合理主義者であった。

この時代、多くの大名・貴族は競って名刀を集めていたが、

「たとい万疋の太刀を持ちたりとも百疋の鑓(やり)百挺には勝るまじく候」といって、

高価な名刀を持つより安い槍を100本持つほうがよいと実利をとっている。

またこの時代、合戦によい日や方位を占うことが一般的であったが

「勝つべき合戦、取るべき城、攻めの時、吉日を選び方角を考え時日を移すこと甚だ口惜しく候」

と言って迷信をきっぱり否定している。




と言ってはいたものの後継者の代になって家臣の世襲などが続き、

忠臣をないがしろにするなど敏景の家訓に反した経営に陥り、

第11代朝倉義景のとき合理主義の申し子・織田信長に

一乗谷の本拠において滅ぼされたのである。

さぞかし敏景は嘆いたことだろう。

(担当:熊五郎)
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