「洞ヶ峠を決め込む」の語源は筒井順慶 - やる気倶楽部の活動日誌

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「洞ヶ峠を決め込む」の語源は筒井順慶

日和見(ひよりみ)という言葉がある。

もともと「日和(ひより)」とは当て字で「日=太陽」「和=凪(なぎ)」からきた空模様のことである。

漁師ことばだったらしい。

日和を見て漁に出るか出ないかを決めるところからきた言葉のようだ。

それが有利なほうに付こうと形勢を伺うという意味に使われるようになった。

日和見をして有利なほうに付く体勢をとっておくことを

「洞ヶ峠を決め込む」と言うようになった。

洞ヶ峠




これは、織田信長が本能寺の変で没したのち

羽柴秀吉と明智光秀の山崎の合戦において

大和の大名:筒井順慶がどちらが有利か洞ヶ峠で形勢を見たという伝説による。
筒井順慶
(実際は洞ヶ峠に陣取ったわけではないようだ)




順慶は、織田信長に臣従してからは明智光秀の旗下で転戦し光秀に近い立場であった。

当然山崎の合戦では光秀から協力の依頼があったが

山崎の地が見渡せる洞ヶ峠で形勢を見て秀吉についたというのである。




洞ヶ峠を決め込むとか日和見とか

何か優柔不断で卑怯者のようなイメージを与えることばである。

しかしもともとの「日和見」という言葉の語源から考えると、

空模様や風の様子を見て出漁するか否かを決める合理的な選択方法であり、

人間の当然とるべき行動と言えよう。

政治にしろ、経営にしろ自信をもって「洞ヶ峠を決め込む」ことで

有利な展開に持ち込もう!

(担当:熊五郎)
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