「もう無理」と言い残して“逃げた”45歳を受け入れることができますか? - やる気倶楽部の活動日誌

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「もう無理」と言い残して“逃げた”45歳を受け入れることができますか?

こんにちは、やる気倶楽部です。

今週は日経ビジネスオンラインに紹介されていた

「もう無理」と言い残して“逃げた”45歳の本音

をご紹介したいと思います。

(日経ビジネスオンラインの記事ですが、全文を読むには会員登録が必要です。

詳しくは上記リンクより案内をご覧下さい。)







皆さんは職場から“逃げた”ご経験がありますか?

記事は、締切に追われる最中『もう、私にはできません。無理です』と上司に言い放ち、

職場を突然逃げ出した45歳の元業界誌記者さんのお話です。

今回の記事中にあるような突発的な形ではないにせよ、

似たようなご経験がおありの方なら、ズシンと胸に突き刺さる内容だったと思います。

(リンク先コメント欄に寄せられている多くの言葉が、それを物語っています)







それと同時に、そういったことを“許せない”皆さんも少なからずいらっしゃいます。

そういった考えを否定するわけでは無いのですが、

ある意味で、今回このコラムは“経験者”で無い人には響かない(反発を覚える)のでは?

と少し心配になる部分があります。

「ああ、やっぱりうつ病とか言い出す人は、こんな(無責任な)奴なんだよ」

そんな声が聞こえてきそうな。






なぜ、今回このコラムを取り上げたのか。

それは、自分を追い込むことによってやる気が高まると感じる人が、

少なからずいることと、そういった人が比較的“逃げる”タイプである場合が多いからです。

特に時間的ノルマに対して、そのノルマによって自分を追い込み、能力を引き出す人。

例えば、子どもの頃の夏休みを思い出して下さい。

あなたは宿題を一気に片付ける人でしたか?

それとも、毎日コツコツこなしていく人でしたか?







一気に片付けるタイプの人は、少し危ない。

ただ、全員が危ない訳ではなく、夏休みの最初のほうに一気に片付ける人や、

最後になって「手伝って~」と自ら親兄弟に泣きつける人。

始業式には間に合わず、9月3日あたりに先生に怒られながらシレっと提出する人。

こういう人は、比較的大丈夫だと、個人的には思ったりします。

一番危ないのは、どうしようもなくなったのは明白で、

親兄弟が「手伝おうか?」と救いの手を差し伸べるまで(あるいは最後まで一人で)

黙って(こっそり泣きながら(苦笑))頑張ってしまった人。

こういうタイプの人が、結構危ない(結果的に“逃げる”ことになってしまう)と思うのです。






総じてこういったタイプの人は、覚えています。

追い込まれた状況で自分が「不思議な力」を得たことを。

いわゆる「火事場の馬鹿力」というやつです。

ノルマ的なものに追い込まれたとき、自分への甘えが消え、

集中力が増したり、作業スピードが飛躍的に向上したりするのです。

ところが、いつもそう簡単にはいきません。

だんだんと、火事場の馬鹿力だけではこなせない事も増えてきます。







例えば、今回の45歳の方の例でいけば、

「若い記者たちに仕事を割り振ったり、全体像を考えながら
記事をまとめたりしなくてはならない。私はそれがうまくできなかった。」

「部下に仕事を任すことができなかったのは、抜かれてしまうことが恐かっただけ」

自分一人の問題では終わらない仕事が増えてきたことが一因にあります。

他者との関係性が仕事のカギを握る場合、特にそれは顕著な問題となります。

追い込み系の人々には、少なからず「周りに迷惑をかけている」と感じている人が多い。

だから迷惑をかけまい、自分がやらなければ…と、さらに追い込んでいく。

そして、火事場の馬鹿力でも対応できなくなり、限界点を越えてしまう…






実際、逃げることによって、多くのものを失うのは明らかです。

信用だけじゃなく、現実的な部分として職や財産、あるいは家族や友人。

そういったものがあるからこそ、辛い仕事にも耐えられる。

そういう側面がある事は事実です。

もちろん、逃げ出さずに済むなら、それにこしたことはありません。

ただ、こういった今回のコラムをよんで「逃げるなんて許せない」と感じた人は、

非常に危ういところを歩いていると思うのです。

そういう人が“逃げなければいけない”状況になってしまったときは、

より多くの「歪み」が生じている可能性が高く、自身が多くの傷を追います。

あるいはそういう人が結局逃げられずに、最悪のケースは過労死といったパターンになります。






仕事に限らず、自分が何かを成さんとするとき。

それは、やはり「内発的動機」によって行われるのが理想です。

しかし、世の中の多くのことは、そういった「内発的動機」を生みにくい。

そうなった時、一体何をもって自分に動機づけするか。

これは、人生をおくる上で、大きな大きな問題です。

この45歳の方を「受け入れ難い」と感じた人に考えていただきたいのは、

その受け入れ難い気持ちが、どういった理由だったのかという事。

その理由が倫理観や正義感、そして自分の生き方の肯定であったならば…

(考え方は変えなくてもいいので)こうせざるを得なかった人がいるんだ、

という事実だけは受け入れていただきたいと思うのです。

考え方は変えなくても、こういった事実を受け入れるだけでも、

いざ自分が何かの要因で追い込まれたときに、救われるはずです。

そして、きっと前向きに勇気をもって「なるべく良い(ベターな)逃げ方」

を考えることができると思うのです。

(担当:K.M)
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