釣石神社 落ちそうで落ちない岩 東日本大震災後も健在 - やる気倶楽部の活動日誌

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釣石神社 落ちそうで落ちない岩 東日本大震災後も健在

3月11日におこった東日本大震災
東日本大震災②

大津波や福島原発事故誘発など不景気日本を襲った。

多くの人命を失い、多くの建物を飲み込み、

東北地方から関東地方への直接的な大打撃を与えた。

中部から関西方面へも間接的な影響が出始めている。



そんな酷い状況の中で、

本当なら最初に崩れ落ちてもおかしくないような

山腹より突き出た巨石がそのまま無事に残っているそうだ。

宮城県北部の都市、石巻市にある釣石神社の「落ちそうでおちない岩」がそれである。

岩の下方にある大きな輪は、近くを流れる北上川の葦(ヨシ)で編んだ物で、

これをくぐり抜けることで祈願が成就すると伝えられている。
釣石神社



落ちそうで落ちないということで、受験生の合格スポットとしても有名になっている。

天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭っており、

縁結び・夫婦円満・子孫繁栄・合格祈願・大漁祈願・ 長寿などを祈願して

多くの観光客や受験生が訪れる。


今回の大地震でもびくともしなかった巨石.

来年の2月頃には合格を祈願する受験生で賑わってほしい。



以下、釣石神社の由来を書いた立看板の記載を載せておく。

釣石神社由来
一.北上町十三浜追波鎮座
一.旧村社 釣石神社
一.祭神 天児屋根命
一.祭日 九月九日

由来
本追波地区は元来「館ヶ崎」と称されていた。その奥地の国有林鷹ノ栗山のうち
産土沢と称する山上に祀られ崇拝されていたが、
時代の流れ行くまま便宜よく山間より北上川筋に移転したるを以って、
古代人が元和四年(江戸時代初期)現在地に遷宮されたと伝えられている。
その当時、館ヶ崎は北上川海門口のためは藩祖・伊達政宗公が
当地方巡視された際、社側の丘に登って四方を眺望し
波の追い来たりをご覧になって「追波」と改称したという。

館崎に登りて見れば朝日さし綾に寄せ来る追ひ波の浜

「境内内には大石四つあり
その一は、長さ二丈五尺ばかり 横一丈、二、三丈ばかり
その二は、形は円く、周囲四丈六、七尺ばかり
その三は、形は少し円くて長さ七尺ばかり 横六尺ばかり
その四は、長さ五尺ばかり横三尺ばかり 厚さ二尺五寸
ばかり東西を囲みて地に入るはいささか少ない。あたかもこれを
吊り上げるがごとし、上に大石ありてこれを蓋し
その形窟の如し 故に土人はこれを号して釣石大明神という」

右は「封内風土記」より索引したものであるが、現在は「釣石」と称する
周囲約十四米の球状の巨石が断崖に吊り上げられたようになっている石
またその下方に長さ約八米、横約四米半の巨石が釣石と対応している石を
陰陽神(道祖神などに見られる男女の性器を模した石)の御神体として
崇拝されている。昭和53年の宮城県沖地震にも耐え、落ちそうで落ちないことから
受験、釣の一字から大漁、そして陰陽神から夫婦円満、縁結び、子宝ら、
また階段中腹より吊り上げられた石を見れば亀の頭に良く似ていることから
背に乗り追いくる波を眺めれば満年長寿など厚く信仰されている。
北上町観光協会

(担当:熊五郎)
コメント
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復興の石

先ほどテレビで、見ました。
不思議な石ですね。
つぶれそうになる気持ちを、励ますすばらしい石だと思います。
関西から、、復興を祈る一人です。皆さんの気持ちが、私を、反対に前向きにしてくれます。心穏やかに、復興をいのります。

2011-06-03 18:35 │ from カイダURL

Re: 復興の石

コメント、ありがとうございました。
ほんと、不思議な石で、大きな地震や災害のなかで
ずっと力強く踏みとどまっているパワーが復興途上の日本に
伝わってほしいものです。





> 先ほどテレビで、見ました。
> 不思議な石ですね。
> つぶれそうになる気持ちを、励ますすばらしい石だと思います。
> 関西から、、復興を祈る一人です。皆さんの気持ちが、私を、反対に前向きにしてくれます。心穏やかに、復興をいのります。

2011-06-08 11:37 │ from やる気倶楽部URL

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