水野勝成 できる者ほど反発するものとは名言か? - やる気倶楽部の活動日誌

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水野勝成 できる者ほど反発するものとは名言か?

「惣(す)べて良士は主君または頭の申すことにても無理なることには信服せぬものなり」

と言って憚らなかった水野勝成

良い士ほどたとえ主君の命令でも理にかなわぬ場合は反発するものである。

水野 勝成


水野勝成は刈谷の生まれで家康の従兄弟筋にあたる名門の出だ。

若い頃から親に反発して放浪した。

放浪のなか織田信雄小西行長に仕えるが長続きせず浪人の時期が長かった。

関が原前夜、刈谷に戻り刈谷城主として関が原の合戦に参加する。

彼は抜け駆けの名手で、関が原の際、軍令違反で大垣城に攻め込み、

大坂夏の陣でも大阪城へ抜け駆け一番乗りを果たしている。

良い士と言いながらどう考えても直情径行の猪武者としか言えない行動であった。



しかし福山藩10万石の藩主になって大変身を遂げる。

福山城


福山の町づくりに力を注ぎ、上水道を敷設した。

遠くを流れる川から水を引き、一旦貯水した上浄水し街中に水路を通し、

各戸に水を引くと言う大事業を成し遂げる。

江戸の神田上水に次ぐ規模を持つ上水道網を整備し

江戸時代270年を通し近代水道設備が広がるまで水道史上画期的な事業であった。

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理にかなわぬ主君(トップ)に反発してばかりで、

結局自分の思ったことができないで終わるものが多い中、

大事業を成し遂げた勝成は大人だった。

(担当:熊五郎)
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