太古のロマン、アイスマンの生きた時代 - やる気倶楽部の活動日誌

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太古のロマン、アイスマンの生きた時代

1991年9月19日、イタリアとオーストリア国境で

アルプス山中の標高3210m地点で冷凍ミイラが発見された。

アイスマン⑥


だいたい46歳で死亡し、身長1m60cm、体重40kgと推定される。

ドイツのインスブルック大学、シュピンドラ-博士らが

炭素の放射性同位元素の測定を行って年代を分析した。

結果は紀元前3300年頃で、死後約5300年経過している。




紀元前3300年ころという時代は、気候変動がおこり氷河が拡大し、

気温も最低レベルに下がった時代で、古代エジプトが統一され、

エジプト文明が始まり、またハラッパでインダス文明が起こった時代である。

また肥沃な三日月地帯と呼ばれるチグリス・ユーフラテス川流域の

古代メソポタミア文明において青銅器時代が幕明けた時代である。




そんな時代のアルプス付近にこのミイラは生きていた。

氷河のなかで5300年間眠っていたミイラ、通称、「アイスマン」という。

名前は「オッツィー」、かれはどうしてアルプス山中で死亡したのであろうか?
アイスマン復元イメージ




アイスマンは、背中を矢で射られ鈍器で殴られていたことが明らかになっており、

死ぬ数日前には手に深い傷を負っていたことも明らかになっている。

ドイツ・ミュンヘン大学とイタリア・ボルツァーノ病理学研究所の科学者らは、

矢を射られたあと数分間から数時間生きていた可能性があるとみている。

またチューリヒ大学の解剖学者フランク・リューリ教授は、

コンピュータの断層撮影やCT技術を駆使し、

矢じりから受けた肩の動脈の傷による失血が死因だったとした。




またアイスマンは関節炎を罹患し、鞭虫に寄生され、

鼻骨が潰れ、治癒していない肋骨骨折が数ケ所見つかっている。

散髪した跡もあり、刺青のような短い青い線が脊椎の下部、左足、右足首の皮膚に認められた。

さらにヤギ、カモシカ、鹿の毛皮でできた着衣の断片、

樹皮繊維で編んだ外套、毛皮の帽子、革製で草をつめた靴を身につけ、

木製の柄のついた銅製の小さい斧と火打石の短剣、

イチイ製の長弓、ガマズミ製の14本の矢を入れた毛皮の矢筒を装備していた。
アイスマン④



彼の遺体は現在、イタリア・アルトアディジェ州ボルツァーノ市の

「南チロル考古学博物館(Museo Archeologico dell'Alto Adige)」に所蔵されており、

5300年前の世界が広がる。

太古のロマンとはこういうものなのだろう。

(担当:熊五郎)
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1991年9月19日、イタリアとオーストリア国境でアルプス山中の標高3210m地点で冷凍ミイラが発見された。だいたい46歳で死亡し、身長1m60cm、体重40kgと推定される。ドイツのインスブルック大学、シュピンドラ-博士らが炭素の放射性同位元素の測定を行って年代を分析した。...

2012-03-20 22:26 │ from まとめwoネタ速suru

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