秀吉の天下取りを支えた川並衆 蜂須賀小六と前野将右衛門 - やる気倶楽部の活動日誌

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秀吉の天下取りを支えた川並衆 蜂須賀小六と前野将右衛門

戦国期、尾張や美濃の木曽川や揖斐川沿いには、

川並衆という武装集団が勢力をもっていた。

合戦があると、利のあるほうへ付くのが常であった。

普段は、水運や治水などの仕事に携わっていたようだ。

蜂須賀小六.前野長康
※左が蜂須賀小六、右が前野将右衛門長康

川並衆のなかで有名なのが、矢作川の橋で秀吉と出会った逸話で有名な蜂須賀正勝(小六)

その弟分のような前野将右衛門長康(本名は坪内光景という)であろう。

織田信長が美濃を攻めるにあたり苦労するなか、

秀吉・秀長兄弟が彼ら川並衆を味方につけたことで、

美濃攻略のきっかけとなる墨俣一夜城の成功につながった。

秀吉の出世街道もここから始まったと言えよう。

墨俣一夜城
※現代の墨俣城 博物館になっている


秀吉の前半生における破竹の勢いは、

弟、豊臣秀長と軍師、竹中半兵衛の力が大きくクローズアップされているが、

蜂須賀小六と前野将右衛門のサポートが、実は非常に大きかった。

ともに戦にも強く、調略にも長けていて欠かせぬ人材だ。

蜂須賀氏はご存知のとおり阿波国を治め明治まで続いている。

前野家は、将右衛門が豊臣秀次の謀反の疑いをかけられたときに

連座で責任をとって切腹し途絶えてしまった。

明暗を分けた二人であるが、豊臣政権樹立の貢献度は石田三成などの比ではないだろう。



現代の企業においても、成長を支える人材と守りを固める人材は要件が違う。

時代によって重きを置くべき人材はあるだろうが、

貢献した人材を時代の変化に伴いうまく使うことが

より成長するパワーかも知れない。

後に続く人たちはよく見ているものだ。

※参考までに、蜂須賀小六を主人公にした小説があるので紹介しておく

蜂須賀小六―秀吉の天下取りを支えた男 (PHP文庫)蜂須賀小六―秀吉の天下取りを支えた男 (PHP文庫)
(2001/08)
浜野 卓也

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【担当:熊五郎】
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