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信長の家臣:村井貞勝 有能だが陰に隠れた男

織田信長の家臣には、有名な戦国武将が居並んでいる。

羽柴秀吉、柴田勝家、明智光秀、丹羽長秀、滝川一益佐々成政前田利家池田恒興などなど、

メジャーな家臣から多少マイナーな家臣まで、数多い。

彼らは、信長が天下布武を掲げて、戦国統一事業において、華やかな活躍をした。



しかし、織田信長から、彼らと同等の評価を得、重視された

村井貞勝を知る戦国ファンは少ないようだ。

村井貞勝は、戦場で槍働きをする武将ではなく、政務を司る吏僚である。

織田政権を支える吏僚の力がいかに大きかったかは、歴史が証明している。


村井貞勝①


村井貞勝は、その筆頭と言える。




信長が、足利義昭を奉じて京の都へ上ったときも、

村井貞勝は、都で足利将軍の周辺や、朝廷対策、

貴族たちへの対応を殆ど引受けて、超激務であったようだ。

その後、信長が足利義昭を追って室町幕府を倒したあとの京の政務は、

この村井貞勝が総責任者として取り仕切っている。

信長は、幕府の無くなった京の都に「京都所司代」という役職を置いた。

今で言う都知事、警視総監、国土交通省、厚生労働省、宮内庁などを兼務したような役職である。




村井貞勝は、織田信長が本能寺で倒れるまで、この職責を全うした。

貞勝自信は、本能寺の変の際、織田信忠とともに二条御所に居た皇太子を

明智方と交渉して逃がすなど最後まで活躍したが、

信忠が討ち死にするに及んで殉ずることになる。

織田政権を陰で支え、織田政権の終わりとともに消えていった有能な家臣といえよう。



ルイス・フロイスは貞勝を「都の総督」と呼び、

「尊敬できる異教徒の老人であり、甚だ権勢あり」と評している。

生き残っていたら、豊臣政権でも大いに活躍したのではないだろうか。


参考までに、あまり記述のない村井貞勝についての貴重な書籍があるので、紹介しておく。


信長の天下所司代 - 筆頭吏僚村井貞勝 (中公新書)信長の天下所司代 - 筆頭吏僚村井貞勝 (中公新書)
(2009/11/26)
谷口 克広

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(担当:熊五郎)
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