戦国武将 武家社会における“やる気の源泉”は?土地争い! - やる気倶楽部の活動日誌

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戦国武将 武家社会における“やる気の源泉”は?土地争い!

戦国武将を中心に、彼らの「やる気」の源泉は何か?に迫ってみたい。

古来、日本では大王(オオキミ)を中心に、有力貴族が権力の中枢を支配し、いわゆる代官を地方に派遣して収奪(は、言いすぎ?)する経済構造で、平安中期まで、藤原北家の系統が官職を独占してきた。
その中で武門が台頭し始め、平氏や源氏が地方の土豪と結びついていった。

鎌倉時代になって武家の世の中に移り変ったものの、武門の教養は立ち遅れ、土地にしがみついた生活が続いていた。
当時の武門の「やる気」の源泉は「土地」であった。
土地争いで命を賭けるほどに「土地」に対する執着があり、そこに「やる気」の源泉があったと思われる。


その後、棟梁に対する忠誠心なども「やる気」の源泉となってくるが、武門が支配する世の中では、長い間、「土地」が「やる気」の源泉であったと考えてよかろう。
「土地」を守ることは、一族を守ることであり、そのために血みどろの争いも、死ぬこともいとわないこの「やる気」。

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現代に通じるものとは思えないような激しいものであるが、いろいろ文献を読んでいると、武将個々人の考え方や、性格の違いによる「やる気」の源泉の違いが読み取れてきて、なかなか興味深い。

織田信長の天下布武を源泉とする「やる気」などは現代に通じるものとしてよく語られるが、土地にしがみつき、進取の気質に疎く、時代に乗り遅れて滅んでいった大多数の戦国武将の「やる気」の喪失のほうが、この不況の時代を乗り越えるための「失敗事例」として反面教師としての意味があるのではないかと思う。

次回から戦国武将個人をとりあげて、彼らの「やる気」「モチベーション」に焦点を当てた企画をスタートするが、高い「やる気」だけでなく、「やる気」の喪失による失敗事例、滅びの美学なども紹介できればと思う。
(担当:熊五郎)
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