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勝ち組、負け組 勝ちすぎは最も下策 武田信玄

武田信玄、いわずと知れた甲斐国の戦国大名である。
当時、最強といわれ全盛期は甲斐のほか信濃(しなの)・駿河(するが)、上野(こうずけ)・飛騨(ひだ)・美濃(みの)・遠江(とおとうみ)・三河の一部を領する大大名であった。

信玄


孫子の兵法から「風林火山」の旗印のもと諸大名たちに怖れられた。
ライバル、越後の上杉謙信とは、川中島で何回も争い勇名を馳せた。
この川中島の合戦があまりにも有名だが、政治家として優れた手腕を発揮している。
釜無川に信玄堤を築いて氾濫を抑え、新田の開発を可能にした。

信玄が領民に慕われ、450年も経った現在まで郷土の英雄として非常に高い人気を集めているのは、民政に力を入れ、領民の生活向上に努力したからだと言える。



信玄の成功は、豊富な家臣団であろう。
織田信長同様、出自に関係なく能力のあるものを登用し、やる気を引き出したことはもちろんであるが、古くからの家臣も大事にし、新参の能力のあるものとのバランスをうまくとったことが成功のポイントと思われる。

現代の会社運営においても学ぶべきところが多い組織作りである。
信玄の戦は、この組織を十分活用したもので、若い頃に何度か痛い目にあっているが、後年は殆ど負けていない。

「およそ軍勝五分をもって上となし、七分をもって中となし、十分をもって下と為す。その故は五分は励を生じ七分は怠を生じ十分は驕を生じるが故。たとえ戦に十分の勝ちを得るとも、驕を生じれば次には必ず敗るるものなり。すべて戦に限らず世の中の事この心掛け肝要なり」

圧勝
※競走馬も圧勝しすぎると次走、惨敗することが多いのです。

これは、勝者の奢りを戒めることばである。
物事は50%で済ませておけば、のちのち励むものであり、70%行なえば怠けてしまうことがある。
100%完璧に成し遂げると奢り驕慢になり次には失敗をまねくものだ。

現代社会においても通じるものではないだろうか?
(担当:熊五郎)
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