受験生に贈る言葉  平常心、是、道なり - やる気倶楽部の活動日誌

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受験生に贈る言葉  平常心、是、道なり

受験シーズンに突入するこの時期受験生の心情は色々であろう。

自信をもって勉強に励む子供、模擬試験の結果に一喜一憂しやる気が出たり失せたりしている子供や楽観的に受験を考えて切迫感が湧いてこない子供そして初めから諦めてしまっている子供。

10月という時期は、推薦入試や特殊な入試も始まり、いよいよ決戦に臨む戦国武将のような気持ちにならなければならない時期だ。




戦国武将が決戦に臨む場合、生死を賭けての出陣なので当然兵士の調練も十分に兵糧も十分に準備し守りを固め後顧の憂いを無くして出陣する。
自信がある場合もあるだろうし不安な気持ちで出陣することもある。

しかし戦国武将の出陣のときの気持ちを著した文献などを見ると、自信満々すぎても油断して敗れていることもあり、不安な気持ちで出陣すると周囲がそれを察するのか何か士気が上がらず勝てる勝負に負けることがあった。




そのような時、戦国武将の多くは、神社やお寺を訪れ「神頼み」や「仏にすがる」行為を行なっている。
これは純粋に「他人にすがっている」のではない。
「心を穏やかに」することで、集中力を高め、「神仏に祈る」ことで「根拠の無い安心感」を得るのである。



人間は感情の動物である。
コンピューターのように正確無比の行動は出来っこない。

「平常心、是、道なり」という言葉があるが、これこそこれから迫ってくる受験戦争に備える大きな力である。

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ガムシャラな勉強も大切だが、時には「平常心」になるためのスポットを訪れてみるのはどうだろう。
全国各地にある菅原道真公を祭る天満宮などを訪れてみて、「学業成就」のお札をもらって心を落ち着ける余裕が欲しいものだ。

平常心、是、道


受験生諸君、「平常心、是、道なり」いい言葉だと思わないか?
(担当:熊五郎)


以下、参考まで
南泉と趙州との間に行われた問答

南泉普願禅師は、南泉山に宗旨を挙揚した。
趙州は南泉普願禅師が亡くなるまで30年あまり随身し後に大禅師となる。
趙州もまだ仏道の本当のところがわかっていなかったので「道」についての問答となった。



趙州 「道とはどういうものか」
南泉 「平常心是道」(ふだんの心が道だ)
趙州 「平常心という道はどこにあるかと探し、つかむことはできるのか」
南泉 「つかもうとすれば道からそれる」(道を自分の外に求めて探し廻れば道からはずれてしまう)
趙州 「道をつかもうと向かわなければ、どうして道を知りえるのか」
南泉 「道は知と不知とに属せず。知識は錯誤であり、不知は虚無だ、もし真に疑いのない道に達っせば、大空の如くからりとしてわだかまりがない。ことさら是非など微塵もない」



南泉は

「真理、実相の道とは知る、知らないという知識の問題では解決しない。
知というような人間の分別たる認識というものは妄想であるから大道にはならない。
かといって不知ではこれも無知であって道ではない。
真の疑いようのない大道とは虚空のようなもので分別する垣根のようなものはまったくない。
これが道でこれが道で無いなどともいいようがない」

と示したのである。

平常心とは、物足りたい物足りたいという欲望の世界を越えたところにある。
不安、自己嫌悪、屈辱感、嫉妬、怒り・・・自分を傷つける感情は「比較」することから生まれる。

自分と他人を比べてしまうから煩悩が生まれ、その煩悩故に愚かな行いを繰り返して苦しみのしがらみを作ってしまう。

心の平穏こそが成功への近道かもしれない...
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